にいがたNPO情報ネット
 フォントサイズ: 

集落支援は”起こす”より”残す”ために〜5年間で見えてきた支援のかたち〜 妙高市地域サポート人 今田亜樹さん

集落支援は”起こす”より”残す”ために〜5年間で見えてきた支援のかたち〜 妙高市地域サポート人 今田亜樹さん  地域おこし協力隊とは別に、中山間地域の目配り役として、集落の状況把握や共同作業の補助、困りごと相談など多様なニーズに応え活躍している、200人を超える集落支援員が県内にいる。今回は、妙高市で地域サポート人(同市での集落支援員の呼称)として活動している今田亜樹さんにお話を伺った。

 今田さんは、愛知県の生まれで、15年前にご主人の転勤をきっかけに妙高市へ引っ越してきた。当初は、市の臨時職員として働いていたが、少子高齢化が進む実状に危機感を覚えて、5年前に地域サポート人へ転職したという。

 地域サポート人での活動を始めたばかりの頃、ある会議に出席した際に今田さんが目にしたのは、顔見知り同士であろう出席者たちがお互いに気をつかって本音を言えない話し合いだった。
 本音で語り合えなければ、会議を開く意味もない。そう思った今田さんは、会議終わりの人たちを狙い、世間話から始め、少しずつ本音を聞き出していくことができるようになった。ここまでできるようになるのに、2年かかったと語る。

 こうした関係作りから始めて、今では地域おこし協力隊の3人とも力を合わせて、集落の1本化や、盆踊りなどのイベントの復活、コミュニティスクール運営の補佐など、地域サポート人としての活動の幅を広げている。

 この中でも一番苦労した仕事は、4つの集落を1つにまとめる支援だったそうだ。当初は、会議を開いたにも関わらず沈黙が続き、話し合いができる状態ではなかった。しばらく経った後、意見が出るようになってからも、お互いに異なる意見をまとめるのが難しかった。時には主張のぶつかり合いから、取っ組み合いの喧嘩に発展することもあったと言う。議論が空中戦にならないように、黒板やホワイトボードを用いて何が論点となっているのかを見えるようにしながら会議を進めるよう提案することで、最終的に集落を1本化する結論に導くことができたという。

 その他にも、長く開催されていなかった盆踊りを復活させるために、新聞などのメディアを活用したPRや、廃校になった学校の体育館を利用して、盆踊りの練習をする場を設けることも支援した。ただ、復活させて終わりではなく、今後も続けていけるよう、親子で参加してもらうことが現在の課題となっている。

 このように、地域サポート人の仕事は多岐に渡るが、集落と行政のつなぎ役であるため、隙間を埋める仕事が多く、表立って動くことが難しい。そして、要望に対して何でも解決できるわけではなく、できることは限られている。
 例えば、コミュニティスクールや子ども食堂などは、地域サポート人として運営に関わることはできない。だからこそ、行政や市民活動センターといった外部の組織・機関との連携が大切になるのだという。

 「私たちの仕事は基本的に裏方仕事。主役は集落に暮らす方々で、私たち集落支援員は相談に乗ったり、要望や意見について解決策を提案したりすることはできるけれど、実際に行動を起こすのは集落に暮らす方々でなければならない。この目立ちすぎず立ち回るのが本当に難しいんです。」と語る。

 こうした活動を通して、集落の方々から感謝の言葉だけでなく、意見や要望をもらうことも増えてきたそうだ。このことは、今田さんと集落との間で信頼関係が築くことができたという、地道な努力の成果なのだろう。また、今田さん自身も活動をしていく中で、様々な支援方法に気が付くようになり、自分のできることが増えたと言う。

 様々な経験を経て、いま、集落支援の仕事に携わる上で大切だと感じているのは、集落を活性化させる地域起こしに重点を置くことではなく、集落を残すための支援ということだ。

 「集落支援に正解はありません。色々な意見があって、色々なやり方がある。だからもっと色々な方法で手伝いをしたい。そのためには、行政の仕組みの見直しも必要かもしれません。私たちの仕事は、日々進行している高齢化と過疎化に対して後手に回っていると感じています。だからこそ、もっと様々なことに挑戦してみたいし、やれることはやって、自分からどんどん枠を広げて、前例通りにやるのではなく、毎日変化していく状況に対応していきたい。」と、今田さんは集落支援という仕事に対しての展望を力強く語った。

・妙高市地域サポート人
http://www.city.myoko.niigata.jp/tiikinokosi/307.html

TOPへ戻る 一覧へ戻る