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みんな友達 みんなで共に みんなの家 ともとも 代表 村山多恵子さん

みんな友達 みんなで共に みんなの家 ともとも 代表 村山多恵子さん  「誰もが気軽に立ち寄れて、ここにきてくれた人たちが、友達のように共に過ごしていけるような場所でありたい。そう願ってこの居場所をつくりました」新潟市中央区に10月2日にオープンした「みんなの家 ともとも」への気持ちを語ってくれたのは、代表の村山多恵子さんだ。「ともとも」という名前には「みんな友達」と「みんなで共に」という村山さんの想いが込められている。

 会社の寮だった一軒家は、皆が同じ場で過ごせるよう仕切りを取り払い、開放的な空間に生まれ変わっている。子どもの遊び道具が押入にしまわれ、生活感を漂わせる。まるで先程まで子どもが遊びに来ていたような雰囲気だ。「それでもこの大黒柱は外せませんでした」と、部屋の真ん中の柱をなでるものの、そこには小さな子どもがけがをしないようにクッションが巻かれている。これも「皆が共に安心できる場を」という気持ちから現れた工夫の一つなのだろう。
 このような居場所づくりを始めるきっかけとなったのは、学生時代に出会った富山型デイサービスだ。「学生時代から障がい者福祉に関心があり、卒業後は障がい者福祉施設に勤めようと考えていました。だけど、障がい者の人たちだけが集まって1日を過ごすことに違和感を感じてもいました。社会には、赤ちゃんからお年寄りまでいろんな世代の人がいて、障がいのある人もない人もいる。みんな一緒に存在しているのが当たり前のはず。そのように考えていたとき、富山型デイサービスを知りました。富山型デイサービスは、世代も立場も超えて共生できる場づくりをしていて、障がい者がスタッフとして働いているところもあるんです。それを知ったときに “これだ!”って思いましたね。卒業後は希望の職種に就いて働いていたのですが、学生時代からの想いがずっとくすぶったままで、思い切ってやりたいことをやってみようと決意しました」やると決めてからはとても早い。「12月から具体的な構想を練り始め、6月に場所を決め、10月に開所しました。“想い”に賛同し将来的に一緒にやりたい!という友人の存在や、協力してくれる家族存在だったり、当時の気持ちだったり、色んなことが重なった結果、すごく早いペースで実現することができました」24歳という若さでの挑戦には頭がさがるばかりだ。

 村山さんの考える「ともとも」の将来は、居場所としての役割だけではない。「障がいのある人に働いてもらいたい」と言う。「私の通っていた小学校は、今で言うところの特別支援学級があったところで。一緒に何かをする機会もあったし、遊んだりもしたんです。でも進学した中学校には特別支援学級がなくて、“何で一緒に進学できないんだろう”って考え、複雑な気持ちだったんです。今思うと、当時の気持ちが強く残っているのだと思います」と、幼い頃の記憶を振り返る「障がいを持つ人は色んな役割を担える。ともともがそんな人たちが活躍できる場にしたいですね」


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(2010/11/24 にいがたNPO情報ネットhttp://www.nponiigata.jp/) 

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