にいがたNPO情報ネット
 フォントサイズ: 

思いの少ない素人のほうがいい −NPO法人 街なか映画館再生委員会 委員長 岸田 國昭(くにあき) さん−

思いの少ない素人のほうがいい −NPO法人 街なか映画館再生委員会 委員長 岸田 國昭(くにあき) さん−  高田駅前の本町商店街に、約100年前から営業を続ける映画館がある。通り沿いには公開中の映画のポスターが貼られ、上映券を売っていたであろう一画に当時の賑わいを感じる。映画館「高田世界館」はそこから少し奥に遠慮がちに佇んでいる。
明治時代から高田のまちを見続けた映画館は、2007年に取り壊しの危機に瀕した。この時、映画館の再生を行おうと運動を起こした方が岸田國昭さんだ。現在は「NPO法人街なか映画館再生委員会」を組織し、同会の委員長として活動に取り組んでいる。岸田さんはグラフィックデザイナーとして東京で働いた後、約10年前に地元上越に帰郷した。現在も上越市内のデザイン事務所でデザイナーとして勤務する傍ら、同会の活動を進める。

 岸田さんが映画館の再生に取り組み始めたのは、素朴な成り行きからだった。「ここは昔から映画の上映以外にも色んな催しを行っていて、私はここで定期的に寄席を開いていました。しかし、2007年に急な雨漏りに見舞われ、老朽化が目立ち始めた。オーナーから取り壊しの話を聞いたとき、周りから声が上がらなかったので“誰もやらないんだったら、自分でやろうかな”と。行政に管理してもらう道もあったと思いますが、やるんだったら自分たちの手で再生したかった」といきさつを語ってくれた。

 岸田さんは、遠くを見つめながら感慨深げに映画館の歴史を教えてくれた。「この劇場は、昭和50年頃から成人映画を扱い運営を行っていました。商業映画の技術が発展していくことで、設備投資が難しくなったことから、コストのかからない業態に変更して運営されてきました。2011年で開館から100年を迎えますが、ここまで運営が続いたのも、変化に合わせて柔軟に対応してきた結果だと思います」ぱたぱたと地域の映画館が閉鎖されるなか異端の道を歩んだ結果、「高田世界館」は分厚い歴史を備えた劇場となった。

同会の活動への向き合い方について「思いはあまりないほうがいい」と岸田さんはいう。「ここで映画をやると言っても、昔ポルノ映画を上映していた場所ですから、良い印象を持たない方もいました。そしてまともに改修すると莫大なお金がかかる。そのような事情があって、再生に向けて手を上げにくい状況ではありました。だから私みたいな素人が活動を始めるのがちょうど良かったんですね。それにこの映画館に来た方が色んな魅力を感じてくれる。そこに対して私が良い悪いというつもりはなくて。皆さんが私の見えないところを感じ、周りに発信してくれる。私が暑苦しく語るよりも、そのほうがよっぽどいい結果が生まれますね」アツい思いを投げかけるのではない、気持ちを委ねる姿勢が共感を生み、映画館を支えている。

 「今まで、絵はがきを売って、パンフレットを作って、劇場の椅子に名入れをするスポンサーを募ってと、資金調達に力を注いでいて、映画の上映に力を注ぐことが出来ませんでした。今年からは平日も定期的に上映会を実施し、フィルム映画のデリバリーサービスも行う予定です」岸田さんは同会の今後についていきいきと語ってくれた。「劇場に足を運んできてくれたお客さんが、どんどん魅力を語ってくれると嬉しいですね」
映画館の開館100年を控え活動が本格化する2010年、岸田さんからは目が離せない。

NPO法人 街なか映画館再生委員会
http://www.baba-law.jp/sekaikan/


(2010/04/23 にいがたNPO情報ネット http://www.nponiigata.jp/

TOPへ戻る 一覧へ戻る