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なぜ、なんのためにやるのか。 〜江川 功さん〜

なぜ、なんのためにやるのか。 〜江川 功さん〜  「僕にとって、地域づくりというのは生き方そのもの」と、江川功さんは開口一番、強い眼差しでそう答えた。地元阿賀町(旧上川村)を拠点に、地域づくりに関わってこられた江川さんは、コンビニの店長として夜通し働きながら、昼間は様々な市民活動に積極的に参加する。“寝る時間なんてないじゃないか”と真っ先に思うわけだが、移動中やわずかな空き時間を利用して、睡眠をとっているのだそう。「地域づくりっていうものが本当に楽しくてね。こればっかりは絶対にやめられない。だから昼間を自由に使える仕事をしていますね」と語る江川さんの顔は、疲れを感じさせず、とても楽しそうだ。

 では、江川さんは地域づくりのどんなところに魅力を感じているのだろうか。「多くの仕事はやることが全て決まっていることが多い。上からの指示に沿い業務をこなすだけ。ただ従うだけの仕事では、僕は生き生きできないところがありますね。その点、まちづくり・地域づくりというのものは、自由な発想力が求められる。ワークショップの場にいたりすると、思いがけないところで凄い意見が出てきて、結末が全然見えない。そんな化ける面白さに魅力を感じますね」

 江川さんは、京都の大学を卒業後、23歳で地元にUターンした。江川さんが夢中になる地域づくりの原点は、約30年前のこの時期に遡る。「地元に戻ってきて1年間はサラリーマンをしてました。実家が『馬茶屋』という酒屋を経営していたのですが、母が不治の病にかかり、後を継ぐことなったことが契機になりましたね。そんなつもり全く無かったのですが…(笑)」江川さんは、一瞬目を細めながらもすぐに眼差しを強くし、その後の活動についても語ってくれた。「しっかりと商売をしようと思って、県が行っていた若手の後継者を育成する事業に応募したんですよ。その事業の中で大手スーパーに研修に行き、経営のノウハウや催事の企画について学んできました。研修から戻り、習ったことを活かせないかと考え、学生時代から音楽をやっていたこともあり、店の裏庭でコンサートとビアガーデンを開こうと思い立ったんです」研修でのノウハウを試すため、地元に若手を呼び戻すための実験的な催しだった。結果、1年目は160人を動員し、大成功を収めたのだ。「当時、自分達の曲を披露する場が限られていたアーティスト達でも、このイベントではヒーローになれた。アーティストも主催者の一人として企画に関わり、1から準備、運営した手づくりのコンサートは、まさに参加型のまちづくりの原点ですね」

 
この体験を機に、村単位のイベントから、郡、そして県をも巻き込み、地元の景観を活かした「奥阿賀音楽彩」へと発展していった。しかしその一方で、磐越道の開通、酒類販売の規制緩和により、店は経営難に陥る。「このピンチを乗り切らなければと思い、『まちづくりコーディネーター養成講座』に参加したんです。この講座に出れば店を建て直せるかもしれないという、かなりよこしまな理由でした(笑)案の定、店の経営ノウハウなんて誰も教えてくれない。でも、講師の方から“なぜそのお店をやっているの?”と聞かれたとき、僕の今までの人生がひっくり返りました。」
江川さんは「なぜやるのか、なんのためにやるのか」と、理念を問われた時、商売に対する目的がないことに気付いた。「そのことに気付いたとき、父や祖父がなぜこの店を続けてきたのだろうかと考える日々が続きました。思えば、僕が幼い頃から祖父は店をまともに経営せずに趣味に没頭していました。父についても全く同じ。ただどちらも、人が集まって楽しむ場所として『馬茶屋』を生業としていたことに気付いたのです」

『馬茶屋』の理念に気付いた江川さんは大きな決断をする。「もう商売はやめてしまえと。そう決めました。『馬茶屋』は商売をする場所ではないですから」そして『馬茶屋』は、阿賀町の景観を楽しみ、多様な人が集まれる“居場所”として生まれ変わった。「ここまで来るのにかなりの苦労がありましたが、今では『馬茶屋』に魅力を感じ、遊びに来てくれる人が沢山います。しかも口コミで人が人を呼んできてくれる。このような居場所を設けて、人との出会いを楽しめるのは、まちづくり以外有り得ませんね」


(2009/6/23 にいがたNPO情報ネットhttp://www.nponiigata.jp 

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