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南北朝鮮と新潟のリンクマン−金子博昭さん−

南北朝鮮と新潟のリンクマン−金子博昭さん− 新潟と南北朝鮮との交流を目指すイベントの多くで、金子博昭さんの姿を目にすることができる。おだやかな人柄で関係者からの信頼も厚い。交流のために活動をしている人々の横のつながりをつくるリンクマンだ。

金子博昭さんが、朝鮮半島に興味を持ったのは大学生だった1980年代の後半。ちょうど1988年のソウル・オリンピックを控えて、日本で韓国に対する関心が高まっていた時期だ。「自分の中では背景はいろいろありますけど、振りかえってみると『第一次韓国ブーム』といわれる当時の時流に乗ったということなんでしょうね」。金子さんは新潟韓国教育院の当時の院長に手紙を書き、韓国へ半年間語学留学を行った。「そのときに韓国の若い人たちの、統一に対する情熱がすごく印象に残りました。自分もそのための役に立ちたいと思うようになりました」。
大学を卒業後、東京のマスコミ関連の企業で3年半働いたが、新潟市が韓国語を話せる職員を募集していると聞いた金子さんはさっそく応募し、採用された。国際課の職員として、韓国・朝鮮との交流を中心に、在日外国人の支援や市民団体とのつながりづくりなどを担当してきた。

2003年の3月に、南北コリアと新潟との交流を目的に「びびんば会」を立ち上げた。きっかけとなったのは2002年9月の日朝首脳会談。拉致問題で北朝鮮に対する感情は一気に悪化し、猛烈なバッシングが巻き起こった。新潟でも、朝鮮総連の建物などに銃弾が撃ち込まれるという事件が起こった。「もう『(北朝鮮を)叩けば何でもいい』という空気になった。在日の人たちの気持ちを考えると、黙って見ていることができなかった。何か行動を起こさないと、という気持ちになりました」。

しかし行動を起こすといっても実際に何をするかが見えなかった。「デモなどの行動には距離を置いていた」という金子さんは、何か具体的な交流をすることで行動を起こしたいと考え、思いを同じくする人たちに呼びかけ「びびんば会」をつくった。そして東京で行われていた、日本・韓国・北朝鮮の子ども達の絵を同時に展示する『南北コリアと日本のともだち展』を新潟で開催した。この展示会はこれまでに3回開催され、また「びびんば会」では様々な勉強会などを行ってきた。

また2005年の10月からはイベント情報や、日本と南北コリアの交流のために活動をしている人々を紹介するメールマガジン「新潟―コリア交流かわら版」の発行を始めた。これは会の活動を始めた頃からやりたいことだったという。「活動している方にお会いしていて感じたのが、お互いのことを知らないということなんですよね。『お名前は聞いたことがあるけど』という感じで。そういうところで横のつながりを作りたいという思いはありました」。

会の活動を通じて感じるのは、これまでも面識のあった人たちとのつながりが個人対個人になったことだ。「これまでは役所の人と支援を受ける市民みたいな感じでした。あるとき在日の人とお酒を飲んでるときに言われたんです。『こんなふうに日本人と酒を飲むことになるとは思わなかった』って。日本社会がそれだけ彼らを追い込んできたということなんですよね」。

いま金子さんが目指しているのは、人と人とが直接交わり会う交流だ。また南北朝鮮に近い位置にある新潟ならではの交流を行いたいという。「北朝鮮のウォンサン市とは交友がありますから。『ともだち展』もウォンサン市と新潟市を中心にやってみたい」。ウォンサン市と新潟市の若者や子ども達がお互いに行き来する。そんな光景を思い描く。「新潟と南北朝鮮の人たちがもっと普通に向き合えるようになるといいですね。そのために自分に何ができるか、考えていきたい」。

「にいがた−コリア交流かわら版」購読ページ
http://www.mag2.com/m/0000173222.html

(2006/04/11にいがたNPO情報ネット http://www.nponiigata.jp

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