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誰もが青空のような幸福感に―本多佳美さん―

誰もが青空のような幸福感に―本多佳美さん― 新潟市天野に知的障害者のための「福祉作業所あおぞら」がある。開所に携わった本多佳美さんを施設長としてスタートしたのは平成15年9月1日。若干27歳の時だった。
本多さんが福祉の世界に興味を持ったのは小学生の頃だった。「辛いことや悲しいことがあった時、いつも母が味方でいてくれたんです。最後まできちんと私の話を聞いてくれ、私を認めてくれた。母が支えてくれたから私は生きてこれたと言ってもいいくらい。だから自分も誰かの支えになりたい、困っている人の力になりたいと思うようになって」。人は一人で生きていくことはできない、支え合い、認め合ってこそ強く生きていけるんだと確信した本多さんは、その大切さを伝えたいといつしか教員を目指すようになり、大学へ進学。教育学部で養護学校教員の養成課程を就学した。在学中、福祉教育の現場で重度の障害児に接する機会を与えられ、衝撃を受けた。また、アルバイトで2年間、中学生の心の悩みを聞くという相談員の仕事もした。直接接点のないように見える二つの体験だが、後にこれが本多さんの中に一つの強い思いとなって現れることとなった。「皆どこかで誰かに遠慮している。誰だって“自分が自分として認めてもらえる場所”が必要だ」。これまで胸の奥底に澱のように沈んでいた、目にし、耳にし、感じ、体験した数々の出来事が、漸く掬い上げられたような気分だった。

 学校という枠の中で個人がやれることには限界があると感じ、大学卒業後は福祉施設で働くことを決意。無認可の福祉作業所に就職したのだが、3年後、そこは閉所となってしまった。しかし「ここでの経験や知り合った人たちとの絆を無駄にしたくない」と、思いを同じくしたかつての同僚やこれまで協力してくれた地域の人々らと共に、新たに作業所を立ち上げた。自他共に認める“いつもまっすぐで、こうと決めたら一直線”の本多さんを施設長に仕立て、常にサポートしてくれたのは、指導員や運営委員として関わってきてくれた沢山の人生の先輩や地域の人々。「民間で働いたこともないし経験も少ないから分からないことがすごく多くて。何が間違ってるのかも分からない状態。その度に自分の親よりも年上の人に“私にも分かるように説明してください”なんて語気を荒げてました」と、はにかむように当時を振り返る本多さん。開所当初、周囲から色々言われても「自分はこうしたい」という思いが強く、中々素直に聞き入れられなかったと言う。「ただ認めてもらいたかったんです。未熟さ故の焦りというか。でもやっぱり経験してきた人には敵わない。最近やっと少し人の話が聞けるようになりました」。

 現在、「福祉作業所あおぞら」では無農薬野菜の栽培や自然養鶏、採れた卵を使ってのサブレ作り、またアパートや企業のクリーンサービスなどを行っている。「こういった仕事は“能力”より“手間暇”が必要とされるので、むしろ健常者より向いてるかもしれません。スピードはなくてもその分丁寧に仕事をする子が多いですから。彼らに合った職種を見つけ、そこを伸ばしてあげたい。それが彼らの将来的な自立に繋がると嬉しいですね」。地域住民との交流や真面目な仕事ぶりから、通所者は少しづつ信頼を得、その輪は広がりを見せている。
 最後に本多さんが言う“自立”とは何かと尋ねると「親御さんの中には一般企業に就職させることや独り暮らしをさせることを自立と考える方も多いんですが、そこでの無理が結局本人を精神的に参らせてしまうケースがあります。私が考える自立とは、多少ハンディがあっても地域の中で普通に暮らしていくこと。活き活きと働ける場所があって、贅沢はいらないから普通に生活するのに困らない程度の収入があること。それと認められること。私たちはその環境を作るだけです」。そして、「誰もが青空の下にいるような、そんな素朴な幸福感に満たされる場を作りたい」と、照れたように語ってくれた。様々な可能性を模索している本多さんだが、決して多くを望んでいるのではない。その思いはとてもシンプルだ。

(060110 にいがたNPO情報ネットhttp://www.nponiigata.jp

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