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伝統ある瞽女(ごぜ)唄。絶やさず次の世代に伝えていく−佐々木東一さん−

伝統ある瞽女(ごぜ)唄。絶やさず次の世代に伝えていく−佐々木東一さん−  「瞽女(ごぜ)」とは三味線を携えて村々を旅し、民謡や語り物を唄って歩いた盲目の女性旅芸人のこと。江戸時代には全国各地に瞽女さんがおり、新潟県内では藩の保護もあって長岡と高田で大きな瞽女集団が形成されていたが、戦後は衰退の一途を辿った。瞽女の芸は師匠から弟子へという口伝であるため、瞽女唄という文化そのものが消滅の危機にあったが、それを継承していこうと有志らで結成されたのが「瞽女唄ネットワーク」だ。長岡市の佐々木東一さんはそのメンバーの一人。

 佐々木さんが初めて瞽女唄と出会ったのは1988年。参加していた演劇鑑賞会で瞽女さんを主人公とした舞台「はなれ瞽女おりん」の芝居を観たのがきっかけだ。その際に本物の瞽女唄を聴いてみようということになり、人間国宝である小林ハルさんから瞽女唄を習い覚えた、竹下玲子さんの公演を行った。「自分はスタッフだったから舞台の脇で聴いてたんだけど、代表的な演目である『葛の葉子別れ』の時、ふっと振り返ってみるとお客さんがみんなボロボロ泣いてるんだよ。『これは何なんだ!?』と思ったね」

 その後、「瞽女唄ネットワーク」が結成され、竹下玲子さんのツアー公演を県内各地で開催していった。「瞽女さんは大きな農家や地域の人望のある方のお宅に泊めてもらっていた。そこに地域の人たちを集めて演奏して、そういうのを瞽女宿って言うんだけど、そうした風情が残っているところがあるんだよね。そういうところに行くと『いや、懐かしいね』なんて言ってすごいたくさんの人が集ってくれる。もちろん各地の会員の方々ががんばってくれた結果でもあるんだけど」
 活動はほとんどボランティアで行っているが、各地での出会いが活動の魅力であるという。「時には瞽女さんは石を投げられたり、犬をけしかけられたりもしていじめられたらしい。そういうところにはやっぱり行かなくなるんだよね。でも大歓迎してくれる村もあって、そういうところは人の心も豊か。瞽女さんは各地を巡ることによって支援をしてくれる人を見つけていったんだろうけど、そういう歴史の重みを感じたね」。

 公演などで瞽女唄を聴きにくるのは年配の方が多い。たまに若い人が来ても長い時間聴いていられず、大体すぐに帰ってしまう。佐々木さんは瞽女唄を子どもたちに聴いて欲しいと願っている。「自分も若い頃はビートルズが好きだったからね。ある程度年齢を重ねないと分からない部分もあるだろうし。でも子供の頃に聴いたことがあってどこかに残っていれば、大人になってから聴いたときに郷愁を感じると思うから」。

 活動しているうち、県内各地でなくなりつつある伝統文化を守ろうとしている人たちとも出会った。口伝により芸を伝えていく瞽女唄も消滅の危機にあったが、佐々木さんたちは伝承教室を立ち上げ、教えを受けた継承者たちも育ちつつある。また佐々木さんのお嬢さんも瞽女唄を習っている。
 今年はネットワーク結成15周年。全国で瞽女唄を学んでいる人たちを集めて催し物を行う計画もある。現在は4月24日に長岡市中央図書館で行う公演の準備で大忙しの佐々木さんだが、「『瞽女唄ネットワーク』があるかぎり、瞽女唄は消滅させないよ」と言って笑った。

(にいがたNPO情報ネット www.nponiigata.jp 2005/3/17)

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