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学生と地元をつなぐ、縁の下の力持ち−平原 匡さん−

学生と地元をつなぐ、縁の下の力持ち−平原 匡さん− 日本建築の伝統を受け継ぐ建築技能者・技術者を支援し育成することを目的として設立された財団法人国際技能振興財団。平成15年に地域振興のために佐渡支局が開設され活動が続けられている。平原匡さんは佐渡島内の建築物に魅了され、移住してきた28歳の若き支局長だ。

 上越市生まれ、芝浦工業大学院卒業の平原さんが佐渡と係わるようになったとのは、財団が平成14年春に主催した「第1回佐渡職人塾」だった。大学の友人たちと共に棟梁から指導を受け、加茂神社能舞台の図面取りや、修繕の手伝いを行った。「作業が終わり夜になると、酒を飲みながら能舞台や神社などの建築について語りました。棟梁の話は大学では味わえない新鮮さがあって、すっかりはまってしまったんですね。参加した中でも変わった学生だったんでしょう。」そういって当時を振り返る。佐渡には能舞台が32もあるが、このうち修復が必要なものや崩壊寸前で使用できなくなっているものもある。また、歴史的な文化財としての神社や寺院、町屋なども多数建造され、現存している。

 2回目までは学生参加者として「佐渡職人塾」に関わっていた平原さんだが、3回目以降企画を任されるようになる。学生時代の恩師からの打診もあったが、古い建物や歴史が好きだったことで引き受けた。大学を卒業後、東京の設計事務所に就職したものの1ヵ月半で退職。財団の佐渡支局長を任され、移住することを決意。「反対はされませんでしたが、驚かれました。でも、いずれ新潟に戻るつもりでしたので迷いはありませんでした。」

 平原さんが佐渡に来て2年が経つ。自らで企画するようになってから携った能舞台はまだ1つ。「これから市町村合併などで空き施設がいっぱいでると思うんです。小中学校などの空き校舎を利用して、文化、芸術活動に活用ができないものかと考えています。都市部に住んでいるアーティストは工房や出来た作品を保管しておく場が、家賃などの影響で持てないんですよね。そこで、佐渡の空家・空き施設を提供すれば一石二鳥だと思うんです。家賃を安くする代わりに、ギャラリー用の作品を提供してもらう。また、佐渡の豊かな自然に触れて、新たな発想が湧くかもしれません。」そういって次々とユニークなアイディアを語る平原さん。

 インタビュー当日も来客が後を絶たないほど忙しい平原さんだが、企画、広報、会計などの事務仕事をほとんど一人でこなす。「NPOってどこもそうだと思うんですけど、専門スタッフが役員であり、事務員であり、ですよね。上手く役割分担できればいいと思うんですけど、なかなかね。」そういって人材不足には苦労されている様子。

来年で財団からの業務委託はなくなるが、その後も佐渡に残りたいという意志がある。まだまだ、手を加えなければならない建造物はたくさんあり、それをどうやって生かそうか、と考えるのが一番楽しいと語る。熱い想いを語り歩いた結果、賛同者が集まり来春にはNPO法人として活動が続けられそうだ。「地元の人間ではない僕にとって、信頼を得るにはまだまだ多くの人に会っていかないと。」腕のいい大工がいると聞けば会いに行き、空き屋の情報があれば足を運ぶ。都市部の建築学科のある大学にも出向いては、学生に「職人塾」に参加してもらうよう協力をお願いすることもある。

「職人塾」に参加した学生のほとんどは、ハウスメーカーや設計事務所に就職する。「若いうちに、いかにいろんな経験ができるか。モラトリアム期間を佐渡で過ごした、という事実があるだけでもいいじゃないですか。佐渡には大学がないので、若い学生をいっぱい集めたい。若い人に教えるということが島の職人さんにも良い刺激になってもらえたらと思っています。」講師となる職人さんの中には、孫のような若い学生と触れ合うことを楽しみにしている棟梁や、兄貴になれると張り切っている若い職人さんがいる。

「元々は島内外の職人さんの技術交流を目的に設立されたため、次はそこに力を入れていきたいんです。定年した棟梁を集めたサミットなどを開くと面白いのでは。そこで、カリスマ棟梁が誕生して若い人が『あの人に教わりたい』というふうになってほしい。」という今後の目標を語った。自分が前に出ることはせず、職人さんに光を当てたいと願う平原さんは、学生と地元をつなぐ、縁の下の力持ちだ。

(にいがたNPO情報ネット www.nponiigata.jp 2005/2/10)

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