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自分の感動を分かち合える人と出会いたい―和田めぐみさん―

自分の感動を分かち合える人と出会いたい―和田めぐみさん―  「上映の一週間前の時点では集客がさっぱりで、夢にまで見たんです。開けてみたらガラガラで、どうしようって困ってる夢」。
 新津市在住の和田めぐみさんはこう言って、2002年8月に『地球交響曲第2番・第3番』の上映会を行った時のことを振り返る。その後本番までの一週間、見に来てくれた人達が感動を胸に満足して帰って行かれる姿をイメージしながら集客に駆けずり回り、上映会を見事に成功させた。
 「イメージを持つってことが大事って実感したんだよね。本当に思えば叶うっていうか。逆に『駄目だよね』『(人が)入らないよね』っていうのは一切イメージしない。なんの根拠もないんだけど『大丈夫!』って自分に思い込ませてって感じかな」。

 和田さんが市民活動に参加するようになったのは2000年10月のこと。友人に誘われて参加した地球環境講演会で、元国連職員の上村雄彦さんの話を聞いたのがきっかけだった。
 それまでは何だか変な社会だなと思っていても、それは政治家や偉い人が考えることで、自分は被害者でしかないと考えていた。だから「市民レベルでできることがある」という上村さんの話は新鮮で、また「自分は今この時代に日本に生まれてきて、そのことがすごくうれしい」という言葉に、涙が出るほど感動した。
 環境問題などの様々なことがあるが、それを乗り越えられるからこそ自分達はこの時代に生まれてきたんだと、その言葉を理解した。「人任せにして文句を言っているよりも、じゃあ自分はどう生きるのか考えて、自分でやってみた方がずっと楽しい」と思えるようになった。
 
 そしてこの時、自分の住んでいる地域でもこの人の話を聞きたいと思った。「何でもそうなんだけど、自分が感動しただけで満足できないっていうか、他の人にも見せたい。感動を話し合える人が周りにいてほしいんだよね」。そうした思いから和田さんはその後環境や平和などに関する講演会や学習会を開催した。2002年には念願だった地元新津市での上村雄彦さんの講演会も実現させ、2003年2月から2004年の春の間にはほぼ月に一回のペースでイベントを行った。

 しかし次第に講演会というスタイルに限界を感じるようになったという。「いくらやっても聞きに来てくれるのは同じ人たち。興味のある人はあっちにもこっちにも行くんだけど、興味があまりない人を巻き込むことが出来なかった。だからこういうやり方でやっていても、また同じことの繰り返しかもしれないっていうのがあった」。

 そんな中2004年の10月23日、中越地震が発生。直後に以前知り合った県外の災害ボランティアの方から「私は現地に入ります。和田さんも来てください」と誘われたが、和田さんは自分には無理だと思った。「普通に情報を聞いているだけで一般車両は通行止めとか言われていたから。だから『私は行けない』って返事をしたんだけど、数日後その人から『県内の人が動かないことに憤りを感じます』って言われて。頭をガーンと殴られたように感じた」。
 その後和田さんは被災地で炊き出しなどの活動を行なったが、その気になれば「行けるんだ」と強く思ったという。「新津からだったら車で2時間で行けるんだよね。地続きなんだから、その気になれば這ってでも行ける。最初から行けないって思ってたら駄目だなって」。

 その後2004年12月に映画『掘るまいか」の上映会を新津で開催。多くの人が集ってくれた。2005年2月13日には『地球交響曲第5番』を企画している。限界を感じていたという講演会や上映会の活動だが、「地震や他の異常気象をみんな肌で感じていると思うから、こういう時代だからこそ伝え続けることに意味があるんじゃないかと思うようになった」。
 また若い人が自分のやってきたことに興味を持ってくれた。新津市に住んでいる大学生からイベントの様子を知りたいと言われた。「講演会のビデオを貸したら面白いって言ってくれて。そうだよね、面白いよねって思えて。自分が面白いと思うものを見て欲しいし。今は興味の持てない人たちにも楽しいやり方で伝えられればいいな、そういうやり方を探さなきゃって思ってます。」

(2005/1/13 にいがたNPO情報ネットwww.nponiigata.jp)

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