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一緒にやれば、1+1が3になる−松森和人さん−

一緒にやれば、1+1が3になる−松森和人さん−  災害発生時のボランティアのコーディネートに「福井方式」と呼ばれるやり方がある。この方式の確立に深く関わったのが7月の福井水害の際に福井県災害ボランティアセンター長を務めた松森和人さんだ。

 青年団などで福井原発の勉強会や、もうすぐ親になる世代に子供たちと触れ合ってもらうイベントなどを行ってきた松森さんが、初めて災害ボランティアとして活動したのは1995年の阪神・淡路大震災の時。当時は企業に勤めていたが、正月休みや有給休暇などを組み合わせて約3週間、被災地で物資の輸送や避難所の手伝いなどを行った。「3連休取れればいい方っていう業界にいたから、普通あんなに休みは取れないんだけどね。でもほっとけないってのがあるじゃない。何とかしなきゃってのが。猫の手でもないよりはマシだと思って行くしかないと」

 1997年のナホトカ号重油流出事件の際には地元福井県が被災。この時社会福祉協議会や、県外から来たNPOなどが別々にボランティアセンターを立ち上げている光景を目の当たりにし、協働の重要性を痛感した。「海岸近くのそんなに大きくない公園にボランティアセンターが3つあった。それで終まいには『いらっしゃい、いらっしゃい』ってボランティアの客引き始めるし」
 その後当時のボランティアセンター長と一緒に福井方式を作り上げた。福井方式ではボランティア本部やボランティアセンターは行政や社会福祉協議会、青年会議所やNPOなどの組織によって構成されるが、構成員は組織を捨てて個人になることを要求される。そうすることによって有機的な組織運営が可能になる。「県外の人ではなくて、地元の人間が責任を持ってやれるようにしないと。最後までやらなければならないのは地元の人間だからね。」

 ネットワークをつくるのが好きだという。バラバラに動いているのを見ると、一緒にやろうよと声をかける。「楽しいよね、いろんな可能性が出てくるから。全く一緒にやるんじゃなくて、共鳴する部分を一緒にやる。そうすると1+1が3になる。協働の楽しさってこれだよね」

 2002年にはNPO法人「ふくい災害ボランティアネット」を立ち上げ、コーディネーターの養成に努める。ワークショップ形式でボランティアセンターの立ち上げから運営までをシミュレーションで体験する。「それぞれ運営スタッフの役とか、被災者の役とかを割り振って実際にやってみる。ストーリーのない演劇みたいな感じだね。ボランティアバスが人をはねたとかそういうことが起こった場合どう対処するかとか、そういうのを調べたりする。」7月の福井水害の際にはその日の内にボランティアセンターが立ち上げられ、すぐに管理者賠償保険がかけられた。

 7月13日の新潟水害以来、福井、静岡、京都、そして再び新潟と全国の被災地に入りそれぞれのボランティアセンターの立ち上げに関わった。約4ヶ月間ずっと災害漬けの状態。「ほっとけないってのもあるけど、福井水害の時のご恩返しって意味合いも強いな。『今度は福井からあたたかい心を』って幕作って車に貼ってきたから。いいかげん違うことしたいって思ったりもするけど」そういって笑いながらも松森さんは新潟県災害救援ボランティア本部の会議に出席するため、また出かけていった。

(2004/11/16 にいがたNPO情報ネットwww.nponiigata.jp)

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