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「可能性」にすべてをかける、若き開拓者−加藤寛明さん−

「可能性」にすべてをかける、若き開拓者−加藤寛明さん− 新聞やテレビなどマスコミを通して7・13水害で多くの若者がボランティアで活躍する姿が伝えられている。中には県外から泊り込みで復旧作業に参加する人など、「近頃の若者は・・・」という言葉が影をひそめてしまったかようだ。燕市在住の27歳、加藤寛明さんもその一人である。

加藤寛明さんは現在、NPO法人地域たすけあいネットワークのスタッフとして地域通貨「らて」を今年の5月から担当している。きっかけは、3月に代表の吉川さんに会ったとき「今度遊びにきてね。」と言われたこと。事務所は民家を改装して出来たと噂で聞いていたが実際に行ったら驚いたと言う。福祉のことはよくわからなかったが「おもしろいところだと思った。」

地域通貨「らて」について始めは何のことか良くわからなかった加藤さんだが「わからない」ことを調べていくうちに地域通貨の持つ様々な可能性に衝撃を受けた。「肘を打ってび〜んとしびれる感触ってあるでしょ。電撃が走りました。まさにツボにはまったという感じでした。」「何でも自分の目で見て、聞いて、調べないと気がすまないたちなんですよ。そのためならどこにでも行きます。」そのフットワークの良さが加藤さんの売りでもある。特に東京の早稲田商店街で取り組まれている「アトム通貨」の運営については現地に取材に行ったりもした。しかし、紙幣としての地域通貨を流通させるだけでなく、それをツールとして使い、技術、労力、時間、知識、モノ、気持ちなどを交換することが目的だと加藤さんは語る。

7・13水害で「らて」を使わなかった理由もそういう想いがあったからだ。被災者のための無料フリーマーケット「楽市楽座」を開催する際も、「お金も地域通貨も絡ませない形」でやっていこうと計画したのは加藤さんだ。

第1回目の楽市楽座を計画した7月24日、加藤さんは日ごろのネットワークを使い全国のNPO・市民活動関係者に協力のメールを送った。その日のうちにそれが各団体のホームページやメーリングリストで紹介された。「今でも,僕の名前をネットで検索するとあちこちのNPO・市民活動団体・個人・企業のホームページで掲載されているんです。お願いしたわけではなかったのですが、こんなにたくさんの人が見えないところで協力してくれていたことを知って嬉しかったです。」その結果、1週間という短い準備期間で集まった物資は会場に入りきらないほどになっていた。

「自分は人を動かすタイプではない。先頭を切っていくのではなく、周りから支えてもらって活動している。みんな一人のボランティアですから。」湧き出る様々な問題があったが「楽市楽座」をやってよかったと素直に語る加藤さんの周りには大きな人の輪が生まれているようだった。

語学が堪能な加藤さんは、企業の研修での英語教師もしている。「基本的に、ものを教えるということが好きじゃないんですよ。自分の持っている技術や知識を「伝える」という言葉のほうがいいと思うんです。」どんな人と接するときも対等なのは加藤さんが「伝える」ということを大切にしているからである。「障害者、高齢者、外国人だからというだけで枠をつくりたくないのです。今回の水害でも「被災者」という言葉の枠をつくりたくはなかったのです。」と、さらりと答える加藤さん。地域たすけあいネットワークでも利用者と一緒に美術館に行ったり、パソコンを楽しんだりするという。福祉と言えば資格がないとできないことだと思われがちだが加藤さんは制度の隙間を埋めるつなぎ役であると感じた。

3回目の楽市楽座も8月28日・29日で終了し、今後は荷物の整理など片付けで9月いっぱいはかかるらしい。それとは別に11月には「アトム通貨」の担当者を呼んで勉強会を開くと言う。最後に笑いながら「ツボにはまったらトコトンやるタイプ。少しでも可能性があるなら、それに掛けてみたい」と語っていた。

(2004/9/10 にいがたNPO情報ネット www.nponiigata.jp)

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