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県内NPOと向き合った2年間―片野義孝さん―

県内NPOと向き合った2年間―片野義孝さん―  片野義孝さんが三条市の公務員となったのは1992年のこと。当時はバブル期ということもあってか、周囲も就職に関して悩むという雰囲気ではなかったという。「学生時代に色々なアルバイトを経験する中で、ある程度人と接するような仕事が向いているだろうなとは思いましたけど、公務員の仕事に関しても人生設計とかそこまで深くは考えていませんでした」。
 三条市では社会福祉課で6年、商工課で4年勤務。障害者福祉や各種イベントの運営などを担当し、その中で社会の現実や官と民の立場や役割の違いなどが分かってきた。「遅まきながら社会の中で自分がやらなければいけないこと、役割の重要性を自覚させられました。これらの経験によって、ある程度『まともな公務員』らしくなれたと思っています」。

 そして2002年4月、新潟県庁の県民生活課社会活動推進係に出向。当時NPOという言葉は知っていても、その実情まではピンとこなかったという。「県に行くまでははっきりとしたイメージが分かりませんでした。当時結構バタバタしていて予習をするような余裕もありませんでしたし。だから県庁に行って何をするのか、全く予想がつきませんでした」。

 1年目は主に法人の設立認証やそれに関わる県のHP「にいがたNPOのページ」を担当。配属当時は74団体だった法人数も今や200を越える。その中で申請に来られる方にも少し変化が見られるという。「ちょっと極端な表現かもしれませんが初期の頃の団体は、いわゆる『草の根』活動が発展した地域に根ざしたものが多く、まさに市民レベルのエネルギーに満ちた活動を行っていました。ただその反面、団体運営の基礎とも言える会計処理や、各種の届け出、報告義務等を失念している団体も見受けられるのも事実です。
 一方、最近の傾向では、従来の『草の根』的な団体以外に、企業から派生したような団体が、ビジネス的な要素を持ちつつ参入してくるパターンが増えてきているように感じます。」

 2年目は新潟県NPOサポートセンターに関する業務を担当した。そして2003年8月にサポートセンターがオープン。それに伴いセンターでは各種のNPO支援、県では新規認証事務や、既設法人の監督義務という棲み分けができた。特に県のほうでは法に基づく監督義務が今後のポイントになると見る。「NPOが一過性のブームに終わらずに社会の一つのセクターになるには市民の信頼や協力が不可欠です。そのためにも法で定められているルールを遵守することが最低限必要になってくるんじゃないでしょうか」。

 2年間NPOと関わるうち、「自分自身や家族との生活を維持しつつ、さらに何らかの形でNPOに関わっておられる方全てに敬意を表したい」と思うようになった。ご自身では今のところ市民活動のようなものはやってらっしゃらないとのことだが、「自分の感性にはまるものがあれば是非やってみたい」と語る。

(2004/4/10 にいがたNPO情報ネット www.nponiigata.jp)

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