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祭りという文化を支える若衆(わかしゅう)―伊藤 宇人(たかと)さん―

祭りという文化を支える若衆(わかしゅう)―伊藤 宇人(たかと)さん―  北蒲原郡中条町は、毎年9月4・5・6日に「中条祭り」を開催している。前夜祭として3日は民謡流しが行われ、4・5日は台輪、5日は神輿と花火が上がる。祭りを最も盛り上げるのは3日間登場する山車である。現在5つの町内から山車が出ており、今回は「北組」の若衆である伊藤宇人さんに祭りという地域活動の魅力を伺った。

 「中条祭り」に登場する山車は各町内からの寄付で作られている。祭りが行われる時期になると家々を回り、寄付願いをする。また、商工会や町内会からも支援してもらい毎年豪華な山車が町を練り歩く。寄付願いに出かけるとき、伊藤さんは毎回若い人たちに「言葉使い、礼儀正しく」と伝えているという。もらって当たり前という感覚をなくしたいと思っているからだ。「祭りを楽しみにしているみんなの思いに答えたい、そのためにはきちんとした態度で」と考えている。

 伊藤さんが「中条祭り」に参加し始めたのは小学校に上がる前からだったが、当時の北組の山車は「子ども山車」と言われるものだった。現在のような、踊り子を乗せて、山車を煽ったりするように戻ったのは伊藤さんが中学生になってからである。中学を卒業するまでは「毎年あるイベントの一つ」と考えるくらいで、祭りの当日に参加するだけだったという。

 山車つくりの準備から参加したのは高校に入ってから。「準備は夏休みの間行われるので、暑いし、楽しいことだけじゃないが、続けられたのは周りの大人に良くしてもらったり、友達がいたから。そして何より強制じゃないのが良かった」と伊藤さんは振り返る。ボランティアは自分がやりたい、という自発性が大切である。祭りが強制参加だったらあんなに楽しくできないだろう。

 工作が好きで、特にマスキングが得意だった伊藤さんは山車つくりを通じて、年上の人から技術的なことや、各町内の歴史などを教えてもらった。そんな話を聞いているうちに、祭りを単なるイベントとして考えるのではなく、親の代から続いてきた文化と芸術だと思えるようになった。

 伊藤さんが大学1年のとき、北組の山車が出なかったことがあった。中心になって活動する人が集まらず、その年は隣町の山車に乗ったことを少し後悔している。「純粋な北組でいたかったんだけど」というが、他の山車の文化に触れたことは、今になって役立っているという。

 20歳のときに、初めて副頭取という役職についた。それから現在までの9年間で、副頭取と頭取の役に7回ついた。「今まで、そんな回数やった人は聞いたことがない」といわれる。話し方や考えがしっかりしている伊藤さんは、責任感が強い。「祭りのおかげで、成長できたんだ。先輩あっての自分、後輩あっての自分だと思ってる。何とかしなきゃと思って張り切ってしまう。」という心強い言葉に、若い人からも信頼されている。

 去年、何も役がつかなかったから自由な立場で祭りに参加できた伊藤さんだが、「今年、また副頭取をすることになったんだ。役がつくと、それだけ責任がある。大変だけど、町内の人に自分の顔を知ってもらえて、声をかけてもらえることが、すごく嬉しい。」という。毎年祭りに参加する若衆に言葉使いや服装をきちんとするように言い続けているのは、こういった町の人との交流を大切にしている伊藤さんの気持ちの現れである。現在28歳で、一児のパパである伊藤さんは「いつか子どもと一緒に山車を引っ張るのが夢」だという。

 自分から声をかけて、心を開いていくと、相手もそのように反応してくれる。若い人たちが居場所を見つけにくい現代で、祭りは人と人が交流できる一つの文化だと思った。

(2003.8.10 にいがたNPO情報ネット www.nponiigata.jp)

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