にいがたNPO情報ネット
 フォントサイズ: 

NPOとしてのPTA−森本忠彦さん

NPOとしてのPTA−森本忠彦さん この4月、十日町市の十日町小学校で、小学校に養護学校の分校が併設されるという、県内では初めての試みがスタートした。

この、「養護学校併設」というスタイルに行き着くまでには、行政や学校関係者以外にも様々な市民が関わってきた。その一人が森本忠彦さん(十日町市在住・50才)だ。

平成8〜9年にかけて、森本さんは十日町小学校のPTA会長を務めた。PTAといえばどの学校でも大体することは同じというイメージがあるが、当時、十日町小学校のPTAの中にはそうした慣例的な運営に対する疑問が高まり、「PTAとは何をするものなのか?」という議論が活発にされていた。

同小は、老朽化した校舎を改築する話が起こっていた。従来の行政依存の学校づくりに森本さんは「これでいいのか?」と思ったという。学校をつくるということは、行政だけの問題ではない。学校を使う教師・生徒はもちろん、保護者、卒業生、これから入学する子供を持つ親など、つきつめれば地域全体の問題なのだ。地域の人々が「自分達の問題」としてとらえ、知恵を出し合えばきっといい学校ができる。以来、森本さんはそんな「夢」の学校づくりにむけて奔走することになる。

会長になった年、新潟市のまちづくりコンサルを引き込み、新しい学校のビジョン(青い表紙でブルー・ノートと言われる)づくりに着手。広く地域住民にも参加を呼びかけ、「夢の学校づくり わいわい会議」を立ち上げた。

「わいわい会議」は、大人も子供も、学校関係者もそうでない人も、それぞれがもつ学校への思いをワークショップを通して共有し、まとめていくための場。だれもが気軽に参加できるように、耳慣れない「ワークショップ」という言葉はあえて使わず「わいわい会議」と名づけた。全校生徒を対象に行った「わいわい会議」では、生徒達が目を輝かせた。保護者や地域住民、先生も一緒に、新しい学校への夢や希望、アイディアを出し合った。

これだけ大掛かりなビジョンづくりには、先立つものも必要だった。お金集めに走る中、十日町市教育振興後援会に支援を依頼した際のエピソードが面白い。

同後援会では、建造物や機器などのハード面での支援実績はあっても、ビジョンづくりというソフトそのものを対象にしたことはない。まして、「わいわい会議」のようなケースは全く前例がなく、交渉は難航した。「もし支援が出なかったらどうするつもりなのか?」と言われた森本さんは、「来年分のPTA会費を前倒ししてでも実行する。」と答えたという。結局、後援会からは、「校舎改築前渡金」という名目で数百万円の支援金を引き出した。

「わいわい会議を通して感じたのは、学校の建物を作るだけが学校づくりではない、ということ。学校の在り方や運営するシステムが重要。児童や先生を中心に学校に関わる人々の心が常によりよい方へと育っていってほしい。その意味で、学校は、いつもつくり続けていくものだと思う。」と森本さん。

年度ごとに慣例行事をこなすだけのPTAでは、とても出てこない発想だっただろう。森本さん達はPTAの中から沸き起こった疑問をバネに、住民、さらには東京の大学まで巻き込んだ「わいわい会議」へと発展させ、ついには養護学校の全県整備は終わったとした県をも動かし、それまで養護学校空白地区だった十日町地区に、普通学校に養護学校の分校を併設するという、県内初、全国でも珍しい形で、ひとつの夢をこの春実現させた。どうせ学校を建設するなら新しい学校を作りたいという足掛け7年の取り組みが実を結んだのだ。

「わいわい会議」を運営する「学校づくり委員会」は、毎年30人ほどの自主参加者を得て今も「養護学校を併設した新潟県初の新しい学校建設」へ向けた活動を続けている。「学校づくりは出来ることから始めよう」と、PTAによる教材・器具リサイクル運動や、地域の人々を先生に見立てた人材バンクの設立などは、すでに軌道に乗せた。森本さん曰く、「地域と学校をつなぐのは『人』。PTAは地域のことをよく知る異業種交流会のようなもので、これを活かさない手はない。」

さらに話はこう続く。「取り組みに継続性がないと、社会的信用は生まれない。PTAの場合、P(保護者)役員は毎年変わってしまうし、T(先生)の部分にメンバーという意識が少なかった。実質的な活動を行うには、NPOのような感覚が必要だ。」

新校舎は建設を目指して、森本さん達の学校づくりはまだまだ続いている。思い描く理想の学校を、PFI方式で建設し、PTAがNPOとして運営に加わる、というのが森本さんの次の夢だという。

TOPへ戻る 一覧へ戻る