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二足の草鞋で30年−前田謙一郎さん

二足の草鞋で30年−前田謙一郎さん  上越市に住む前田謙一郎さんは、文革世代の最後・昭和26年生まれの51歳。47年の日中国交回復当時大学生だった前田さんは、それまで謎に包まれていた隣国の開放に強い興味を持ち、活動の場を求めて日中友好協会に入会する。
 「当時は、中国というものがすごく新鮮でした。手垢がついていないというか。それまで閉ざされていた扉が初めて開いた、という感じでしたね。」
 大学卒業後、故郷の上越市に戻った前田さんは、仲間と共に上越日中友好協会を設立。家業の傍ら、訪中団や中国語講座の開催、地域での交流事業など、様々な活動を展開する。その後は中国の市場経済導入などの影響もあり、移民の増加と共に産業・経済・生活などあらゆる面で中国の影響が拡大。そんな中、前田さんの関心は単なる交流から「地域での共生」へと移っていく。
 「中国人以外の移民も増え、『中国専門』とばかりも言ってられないと思う様になりました。色んな国の人々が同じ地域で暮らして行くには何が必要なのか? そんな事を考えると、だんだん『友好協会』では手に負えなくなってきたのも確かです。」
 '96年、市民有志と共に上越市を巻き込み、「上越国際交流協会」を立ち上げた。現在、前田さんは同協会の幹事という立場。幹事は20人いて、会の実質的な運営を担う無償ボランティアだ。財源は市からの業務委託に拠っているのが現状だが、今後は独自の収入源を開拓し、自立性を高めたい、と前田さんは話す。
 今力を入れているのは、組織の構造改革だ。現在、上越国際交流協会には、個人・団体含めて約500の会員がいる。
 「一人一人の意見を引き出し、組織運営に反映できる様な水平な構造をもった組織にしたいんです。今考えているのは、インターネットを使った会員間の交流の場づくり。行政が設置する組織に対して会員が対等の立場で意見を言える仕組みをつくることで、良い関係ができていくと思う。」
 中国への興味から始まった前田さんの活動は、かれこれ30年を超える。その歳月を振り返り、前田さんはこう言う。
 「ずっと本業(会社経営)と市民活動の二足の草鞋を履いてきました。もしも東京でサラリーマンになってたら、できなかったと思います。こちらにいれば、通勤時間でボランティア活動ができますよ(笑)。
 それと、ただ理念を追求するだけでは30年も続いていなかったと思います。様々な活動から様々な人と出会い、中には遠く離れながら30年もいいお付き合いをさせていただいている方もいます。そうした出会いに恵まれ、幸せに感じられたからこそ続いたのだと思います。」
 実は前田さんは、地域の太極拳協会理事長という顔ももつ。地域の健康づくりに役立てたいと、注ぐ情熱は他の活動に劣らない。
 自分の喜びを、地域をよくするためのエネルギーに変える。そんな正の循環が前田さんの中にはある。

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